多良間へ
「姉ちゃん、あれが多良間よ」
突然肩を叩かれ、声も出せずに振り向くと陽にやけたおじいさんが立っていた。オリオンの発泡酒を片手に、頬を赤く染めくしゃっとした笑顔で窓の方を指差している。
おじいさんの指先を追うように窓にへばりつき目を凝らすと、きらきらと揺れる水平線の向こうに島らしき黒い影がみえた。
9月。まだ夏真っ盛りの石垣島。
竹富島へ行こうと早く起き出した私は離島ターミナルへむかった。
いくつかある切符売り場を眺めながら竹富島行きという看板を探していると、「多良間島 八月踊り 別れ 8:30発」という文字が目に入った。
職員さんに祭りかと尋ねると、今日が旧暦の8月に行われる豊年祭の踊りの最終日なのだという。船もちょうどキャンセルがあり一席空いているというので、急遽行き先変更し、多良間へ行くことにした。
土地の祭りを見ると、この沖縄という列なりのなかで育まれた伝統的な衣、暮らしの性格、質感を少しでも感じ知ることができるのではと嬉しさが込み上げる。
意気揚々と高速船に乗り込み、海を眺めるも30分も経たないうちに、波と船体のぶつかりあう激しい揺れにすっかり船酔いしてしまった。引き返す術があるはずもなく半分目を開きぼんやりしていると、おじいさんが登場したのだった。あの一言はぐったりした私をみかねてかけてくれた優しさだった。
遠くをみると酔いがさめるからね、と。
2時間程で船は多良間の港に到着した。
コンクリートで固められただけの何もないシンプルな船着場。
あたりはちょっとした広場のようになっていて役目を終えた船たちが引き揚げられ、その周りを小さな森のように深い緑がおおっていた。
さっきのおじいさんが会場まで案内するといってくれたので、有り難くその後ろに続く。家族も合流し進むうち、いつの間にか私の案内役は彼の奥さんに変わっている。
「八月踊りはねえ、塩川と中筋であるの。今日はね、中筋にいくよ」八月踊りは多良間にある二ヶ所の御願所(ウガンジュ)で行われているのだという。
バスで移動し、まっすぐに降り注ぐ陽射しの中を進むと、どこからか三線と唄の声、合いの手が聞こえる。
私はまた新しい出会いの中にいる。そんなあたたかな実感が私の中を駆け巡った。
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